支援する者


子どもたちの就職にとても熱心な先生がいました。
いろんな先生に会ってきた中でも、本当に珍しいくらい、
子どもたちの将来を想うピュアな心を持っていました。

事情があって学校を辞めることになった先生は、
そのあとも自分にできることはしてあげたいと、
好意で子どもたちと接してきました。

でもね、先生。学校を離れて支援を続けるのは難しいことです。
もどかしくても、どう動くかは彼ら自身に選択させてください。
そしてもし、彼らが頼ってきたときにしてあげられることがあるならば、
そのときに精一杯してあげればいいのです。

冷たく聞こえるかもしれないけれど、
手塩にかけかけた子たちが何を選ぼうと、どう動こうと、
私たちはそれについて良し悪しのジャッジはできません。

私たち支援者は、むしろ彼らに忘れられるくらいでいいのです。
そしていつかどこかで、何かに突き当たったとき、
「いつか誰かにこんなこと言ってもらったな」
「いつかどこかでこんなこと教わったな」
って思い出してくれたら、それでいいんだと思うのです。

それが、人の成長を支援する者の役割だと。
そう思って、子どもたちと向き合っています。


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  1. 2016/06/26(日) 11:53:32|
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人の変化がもたらすもの

何年か前に一緒に仕事をした人から、突然の連絡があった。

その人の友人の娘のことで、相談にのってほしいというのだ。
学校卒業1年めの彼女は、卒業後正社員として就職したがすぐに辞めてしまった。
一時期は転職活動もしたがうまくいかずに、ここ半年近くほとんど何もしていないという。

その娘の母が私の知人に相談し、私の知人は、私のところに相談に行かせたいと連絡してきたのだ。
それが2ヶ月前のことだった。

初めて会ったときの印象は、かわいらしくてなんとなくふわっとしていて、
自分から積極的に考えたり行動したり、そういうことが苦手そうに見えた。
やればできる子だと感じたが、時間がかかるかもしれないと思った。

仕事について理解を深めるために何をすべきか、
その仕事と自分の体験や考え方との共通項を探すために何をすべきか、
毎回課題を投げかけながら求人情報を提供し、必ず次に会う日を約束して、面談を重ねていった。

彼女は徐々に、仕事に対してどんなことを考えどんな風に向き合っていったらいいのかを掴み始めていた。
自分なりに工夫して行動するようになり、変化が目に見えるようになっていった。
その変化は、思ったよりもずっとずっと早く現われてきた。

個別支援を始めて2ヶ月、彼女は私がマッチングした企業への就職が決まった。
たった2ヶ月で、彼女は大きな変化を見せた。その変化について、自分でも
「2ヶ月前に比べたら、考えることや行動することができるようになってきたように思う。」と話した。

支援最終日、私は彼女に言った。
変化した自分を“自覚する”ということがとても大事なことで、
この変化に自信を持ってこれからの社会人生活を送ってほしいと。
そしてこれからもいろんなことが変化していくことを知っておいてほしいと。
変化の過程でもしも誰かの助けが必要なときは、遠慮なく連絡するようにと。

彼女の就職は、たまたま私が直接的に支援し良い結果につながった。
けれど、彼女のお母さんからも喜びと感謝の言葉をもらい、私の知人からも感謝の言葉をもらったように、
周りのたくさんの人が応援し、彼女を想って、そして彼女がそれに応えた結果だ。

私はまた、人が変化していく様子を目の当たりにすることができた。
これがうれしくて、この宝物があるから、私はこの仕事を続けていたいと思う。


  1. 2016/01/31(日) 13:58:46|
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除夜の鐘


1時間くらい前からだろうか、
近くのお寺から鐘の音が響いている。

ほとんど年末年始の一時期しか聞くことのないこの音。
なぜこんなにも、心の奥まで響き、染み渡ってくるのだろう。

2016年が幕を開けた。

戦後70年という、日本の歴史を考えることの多かった2015年。
多くのスポーツチームが活躍し、
今までスポーツにあまり関心のなかった人たちまでも
熱狂の渦に巻き込んだ2015年。
痛ましい事件も多く、
若者を取り巻く環境の厳しさも影を潜めなかった2015年。

2016年、どんな年になるのだろうか。

どんなに便利な世の中になっても、
人が人である限り、
考えること、感じること、人を想うこと、
そんなものを大切にできる、
そんなものに想いを馳せることができる、
そういう1年であってほしいと願う。

鐘の音は、改めてこんな当たり前を考えさせてくれる、
そういう響きなのかもしれない。



  1. 2016/01/01(金) 00:43:21|
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組織と人


『人は、組織からはみ出すことを恐れると、簡単に犯罪者になってしまう。』
あるテレビドラマの一節だ。

犯罪者とは言わないまでも、
組織の枠からはみ出すことを恐れるあまりに本来の目的を見失い、
あらぬ方向に進んでしまうことは現実の社会でも多々あることだ。
そういう人たちを、たくさん見てきた。

人は何のために働くのか、
人は何のために生きるのか、
プロとは何か・・・・。


人は組織のために生きるのではない。
組織は人を閉じ込めるためにあるのではない。

人は、誰かのために誇りと責任を持って、自分の仕事を全うする。
それをより効率的に、効果的に実現するために組織はある。

その組織が組織としての存在意義を見失い、
組織の上位に立つ者の所有物になり下がったならば、
人は組織からはみ出すこともいとわぬ覚悟と信念を持って
行動しなければならないのだろう。



  1. 2015/12/10(木) 14:40:51|
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高校球児たちに学べ


この夏も高校野球が熱い。

この季節になると毎年思うことがある。

アマチュアである高校球児たちの、勝負にかける熱い思い。
何のために野球をしているのか、
野球ができているのは何のおかげなのか、
自分が野球をすることで何ができるのか・・・

高校生たちが胸に秘めて闘うその思いは、
どうやらプロになるとどこかへ姿を潜めてしまうらしい。

野球が当たり前の日常になり、
仕事になり、稼ぐ手段になり、
さして頭を使わなくてもできることになり・・

そうなったら人は終わりだ。
何も考えなくなったら、人は人でなくなる。
当然、いい仕事なんてできるわけがない。

毎年、この季節になると思う。
プロはもう一度初心に返って、プロとは何かを自身に問い直すべきだ。

それは何も野球やスポーツに限ったことではない。
あらゆる仕事において同じことが言える。

仕事とは、ただそれに “一所懸命” 取り組むことに意味がある。
誰かのために、何かのために、熱い思いを胸に秘めて、
日々考えながら、悩みながら、最善を目指して取り組むこと。
それが仕事だ。
それがあるから、結果がついてくる。

悲しいことに、プロになると多くの人間が、
だんだん何も考えなくなり、当たり前の日常の流れとして、
初心も忘れて、我のためにやり過ごすようになっていく・・。

もちろん、そんなやり方はどこにもつながらず、
どんな成果も生まず、
チームのモチベーションに悪影響を与えるだけだ。

仕事を持つ大人たちには、
この熱い高校球児たちに自身の仕事の姿を重ね合わせて、
考え直してみてほしいと願わずにいられない・・。







  1. 2015/08/09(日) 17:05:46|
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