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『自分ごと』


日本人には『自分ごと』としての危機意識が足りない気がする。

公の政策には不満を言い批判する。
ならば代わりに自分たちができる対策を積極的にとっているかと言えば、何もない。

感染発生からの推移を見ながら、今自分に何ができるのか考え、行動する力が足りない。

「このくらい大丈夫じゃない?」と集まる人たち、
これだけ報道されても衛生管理ができない人たち、
マイクを向けられて「実際問題、自粛なんて無理だよね」と言い放つ人たち。

一人一人の意識と行動がどれだけ重要で効果的なことなのか、理解できない人たち。
「一人くらい・・」と軽く見て、行動を正そうとしない人たち。

一人一人の小さな取り組みが、大きな結果につながる。
今は日本人みんなが、それを信じて我慢しなきゃいけないときだと思う。

なんでこんなに『他人事』みたいに言っていられるんだろう。
そうして何かが起きたときには、誰かのせい、何かのせいにするなんて・・。

いつから日本には、『自分ごと』の意識がなくなってしまったのだろう。


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  1. 2020/03/25(水) 22:16:55|
  2. 生き方
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試練


10年くらいのスパンで大きなできごとが起こる。
試練を強いられるできごとが。

1973年の第一次オイルショック
1980年の第二次オイルショック
1990年代初めのバブル崩壊
1990年代終わりのアジア通貨危機から大手金融機関の破綻、就職氷河期
2008年のリーマンショック
2011年の東日本大震災
そして2020年、コロナショック

その度に経済は不安定になり不安感が強まる。
物の流れは滞り、街から生活必需品が消える。
企業活動は弱まり、雇用は見送られる。

学生の就労支援を担う私たちの窓口は、リーマンショックのあとに立ち上がった。
内定を取り消された学生や、就職先が決まらないまま卒業せざるを得なかった若者たちをサポートするために。
その後の東日本大震災のときも、似たような状況があった。
春から働くはずだった会社がなくなり、都心に避難して、そのまま都心で働くために就活しなおした若者たち。
今回も既に、サービス業を中心に2021年春の採用を見通せない企業が出てきている。

10年・・・。
労働市場は毎年変化してきた。
売り手市場といわれ、学生たちが深く考えを持たないまま就職できてしまう時代になった。
決していつまでも続くことではないとわかってはいた。

それでも、これほどまでに世界がウイルスの脅威に晒されようとは誰が予期しただろうか。

今、私たちの仕事は新たな局面を迎えている。
10年前とは違って、学校にも、学生にも、企業にも、私たちの存在は知られるようになった。
そんな今だからこそできることがあるはずだ。

学生たちのために。
地元中小企業のために。


  1. 2020/03/25(水) 22:11:36|
  2. 生き方
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新型コロナウィルスの影響はどこまで広がるのだろうか・・・

多くの人がマスクや消毒液を奪いあう。
ネット上の様々な噂を鵜呑みにして、ティッシュペーパーやトイレットペーパーまで買い占める。

2月の終わり、いよいよ我が家のティッシュペーパーが底をついた。
仕事帰りにドラッグストアやスーパーを見て歩いたが、入手できなかったのだ。
そんなとき助けてくれたのは、職場の先輩だった。
日頃からある程度のストックをしているからと、快くわけてくれた。

次の週、今度はトイレットペーパーの危機。
もちろんその間何もしなかったわけではない。
毎日仕事帰りにドラッグストアやコンビニやスーパーをいくつも廻って、それでも手に入れることはできなかった。

9年前の東日本大震災でも言われた『風評被害』
今回のペーパー類や日用品の品切れ騒動も、それと同じだ。
無責任な情報拡散と、自分の考えを持たずにそれらに振りまわされる人たち。

各地でとられる対策には、反対する声、声、声・・・

今は私たち一人ひとりが、できる衛生管理・健康管理をして、できる我慢をして、
みんながこの危機を何とか乗り越えようとする気持ちを持つべきときなんじゃないだろうか。

震災のときに流行った『絆』の言葉。
『絆』の言葉が、人と人との断つことのできない結びつき、心の結びつきを示すなら、被災しなかった人が被災した人を思い助けるだけが絆じゃない。
世界中の誰もに感染の可能性がある今、一人ひとりにできることを冷静に考え、節度を持って生活すること。
それは互いを思いやることでもあり、これも『絆』ではないのか。

今は私たち一人ひとりが、できる工夫をして、できる我慢をして、この危機を何とか乗り越えなくちゃいけない。


  1. 2020/03/09(月) 22:36:15|
  2. 生き方
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想いあうこと、助けあうこと


10日ほど前のこと、初めてケータイを失くした。
心あたりは2ヶ所ほどあったものの、頼みのケータイがない。
連絡しようにも、タブレットでメールするしかなかった。

1ヶ所はお店だったから、店のホームページにある問い合わせフォームから連絡してみた。
正直、ダメ元と思っていた。
その店は全国チェーンを展開する大きな企業が運営していたから、問い合わせフォームは本部のカスタマーサービスにつながるはずだ。
つながったところで、店で失くしたかもしれない、なんて申告は適当にあしらわれて終わりだろうと思っていた。

でも、違った。
そのカスタマーサービスの担当者は、ケータイを失くしたことで抱えているであろう不安に言及してくれた。
そのうえで、このあと何時頃に何ができると説明し、再度連絡するとあった。
店と連絡を取り指示をして、かなり入念に探してくれたようだった。
それでも見つからない旨の知らせには、引き続き店外まで捜索範囲を広げてみると書かれていた。

正直、驚いた。
ここまで親切に知らせをくれて、動いてくれるとは思いもしなかった。

その頃、もうひとつの心あたりにコンタクトを取ってくれていた友人から、見つかったとの連絡があった。
そこは問い合わせ手段が電話しかなく、コンタクトをお願いしていた。

翌日受け取りに行くと、そこでも思いがけないやさしさに触れた。
取り置いてくれたことに感謝し助かりましたと伝えると、驚くことに、その人は詫びてくれたのだ。
「気づいてあげられなくてごめんなさい」と。

今回のひと騒ぎ。関わってくれた人たちは心配してくれたし、それぞれの場所でできることを充分すぎるほど充分にしてくれた。
おかげで私のケータイは無事に戻った。
ケータイが戻ったうれしさ以上に、いろんな人が想ってくれたこと、助けてくれたことがうれしかった。

ここのところ、天皇陛下の即位に関するいろいろな儀式やイベントを目にし、陛下の言葉を耳にしている。
最近何度も読み返している大好きな小説の主人公は、心から周囲の人々を想い、自分にできることは何か考え、助けあおうとする人だ。
それらを見聞きしては、私たち一人ひとりが本当に想いあい、助けあうことの大切さを考えていた。

そんな矢先、こうして人に想われ、助けられた。
ありがとう。私も人を想い、助けあえる存在でありたい。



  1. 2019/11/27(水) 18:12:50|
  2. 生き方
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不思議な森へ再び


昨日と同じように、森に挟まれた道を抜けた。
そして、昨日こびとがいた森とはまた別の森に入った。

そこにはヨーロッパの建物がひっそりと建っていた。
中にはいくつかの礼拝堂が配され、美しいステンドグラスが彩っていた。
調度品もお手洗いも、ヨーロッパ風に揃えられている。
建物の中にいると、自分が今どこにいるのかわからなくなった。

礼拝堂でパイプオルガンの響きを聴いていると、
何だかとても厳かな気持ちになった。
知らないうちに涙が流れていた。

アリスみたいな時間ももうすぐおしまい。
夢から覚めて、元の世界に戻らなければ。


  1. 2019/06/20(木) 16:06:48|
  2. 生き方
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